先手必勝!




4月1日と言えば、エイプリルフール。

嘘をついても良いとされている日である。

他愛ない嘘で騙したり騙されたりして、その日を楽しむ人は多いようではあるけれど・・・

キョーコはこの日があまり好きではなかった。

理由は簡単。





騙されやすいからである。





「うぅっ・・・また、やられちゃった・・・。」

落ち込んでいます、と誰が見ても分かる顔でガックリと肩を落としたキョーコは、トボトボと事務所の廊下を歩いていた。



この日は、いつも騙されてばかり。

子供の頃から、ショータローには一日に何度も騙された。

芸能界に入ってからも、仕事で会う色々な人に騙されている。

全て他愛のない嘘ばかりではあるものの、毎度毎度あっさり引っ掛かる自分自身が情けないキョーコだった。



だから、今年こそは騙されないぞと気合を入れていたというのに・・・。



「朝一で来た事務所で、早速騙されるなんて・・・。」

ハァッとタメ息を吐いたキョーコだったが、こんな調子ではいけないとブンブンと頭を振って気持ちを切り替える。



まだ、エイプリルフールは始まったばかりなのだ。

これから会う人達に騙されることがないように、気を引き締めなくては。

「いっそのこと騙される前に、こっちから嘘をつけばいいんじゃ・・・。」

不意に思い付いた考えがものすごく良い考えのように思えて、キョーコは表情を明るいものへと変えた。



そうだ、そうしよう!

いつも騙されてばかりなのだから、たまには騙す方になったっていいはずだ。



そう決めたキョーコが、どんな嘘をつこうかと考えはじめたとき。

廊下の向こうから、こちらへ歩いてくる人に気が付いた。

それは、キョーコがよく知っている人で・・・。

「敦賀さん!」

1週間程地方ロケに出ていたはずの蓮と、今日事務所で会えるとは思っていなかったので驚いてしまう。

思わず上げた声に、笑顔を返してくれる蓮へと駆け寄った。



「おはようございます!」

「おはよう、最上さん。」

にこやかに挨拶を交わした後で、キョーコはハッとした。



しまった!

どんな嘘にするか考える前に、蓮に出会ってしまうなんて・・・。



世間では穏やかで優しい紳士と言われているが、キョーコに対しては時々意地悪な面を見せたりもする蓮。

今までは偶々4月1日に会うことがなくて、騙されることはなかった。

だが、こうやって会ってしまったからには、何か嘘をつこうと考えているに違いない。

彼に騙される前に、先手を打たないと!



「久し振りだね。2週間ぶりくらいかな?」

「そうですね・・・。」

蓮がロケに出る1週間前から会えてなかったので、確かにそれくらいである。

しかし・・・。



笑顔で話し掛けてくる蓮に言葉を返しながらも、キョーコの頭の中は会話の内容ではなく、先に嘘をつくということで一杯だった。



「そうだ。最上さんにお願いがあるんだけど・・・。」

「なんですか?」

「今日の夜、また食事を作ってもらえないかな?ロケの間、疲れのせいか食欲がなくて、あんまり食べてないんだ。」

申し訳なさそうな顔で言う蓮に、『わかりました!』といつものように元気よく答えようとしたキョーコは突然閃いた。



これだ!!!



「嫌です。」

「・・・えっ?」

「お断りさせて頂きます。今日だけじゃなくて、もう二度と敦賀さんのお食事を作るつもりはありません。」

きっぱり言い切って、プイッとそっぽを向く。



廊下の壁を見つめて冷たい表情を保ちながらも、キョーコは今自分がついた嘘に非常に満足していた。

急遽考えたにしては、深刻にならない良い嘘だと思う。

上手く引っ掛かってくれるといいのだけれど・・・。



本気にした蓮は、一体どんな反応をするだろう。

どういうことかと怒って詰め寄ってくるだろうか。

それとも、困ったような顔をして理由を尋ねてくるだろうか。



色々な予想をしながら蓮の次の言葉を楽しみに待つキョーコだったが、何故か一向に蓮の反応がない。

もしかして、こんな下らない嘘には引っ掛かってくれなかったのかも・・・。

やっぱり蓮を騙そうなんて無理なことだったか、と諦めの気持ちで視線を戻したキョーコは・・・思わず固まってしまう。



そこに、口をポカンと開けたまま蓮がいたからだ。



今までに見たことがないくらい間抜けな表情のまま、全く動かない蓮。

予想外の反応に何だか怖くなって、恐る恐る声を掛けてみる。

「あ、あの・・・敦賀さん?」

「・・・。」

反応無し。

それなら、と蓮の目の前で手をひらひらさせてみるけれど、それにも反応無し。

・・・完全に放心状態のようである。



「敦賀さん!!」

「!?」

大丈夫ですか、と声を掛けようとしたとき

「あ・・・そ、そうだ。俺、行かなきゃ・・・待ってる、社さん・・・仕事・・・。」

まだ何処かぼんやりとしたような表情でブツブツと呟きながら、蓮がフラフラと危なっかしい足取りで歩いて行く。



そんな蓮の後ろ姿をポカンとした表情で見送るキョーコ。

「・・・何だったの?」

訳が分からず呟いた瞬間、背後から聞こえてきた大きなため息。

驚いて振り返ると、そこには何やら呆れたような顔でこちらを見ている奏江がいた。

どうかしたのだろうかと思いつつも、奏江に会えた嬉しさの方が勝ったキョーコはいつものように飛びつこうとしたのだが・・・。



「ストップ!!」



奏江が前に突き出した手に止められてしまう。

制止されたことにキョーコは不満を訴えようとしたが、もう一度大きくため息を吐く奏江の様子に何かあったのだろうかと首を傾げる。

「アンタねぇ・・・今、敦賀さんに言ったこと・・・。」

「あっ、モーコさん聞こえてた?アレね、嘘なの!」

そのことかと納得したキョーコは、先程蓮に言った嘘についての感想を求めようと奏江に今日はエイプリルフールだからと説明する。



「私っていつも騙されるばかりで、さっきも騙されたところだったの。だから、敦賀さんには嘘を吐かれる前にこっちからと思って・・・。」

「あのセリフなわけね。」

「そう!」

大きく頷くと、自分の嘘の出来はどうだったか奏江に感想を迫る。

蓮の反応はよく分からなくて、上手く騙せたのかどうなのか全然分からなかったのだ。



期待を込めて待っているキョーコの前で、奏江は三度目となるため息を吐いてからゆっくりと口を開いた。

「まあ、とりあえず・・・。」

「とりあえず?」

「サッサと今のは嘘ですって言った方がいいと思うけど?」

「へ?」

「敦賀さんが事務所にいるうちに言っておかないと、仕事に出てしまったら今日中にばらせないんじゃない?」


「・・・あ。」



本気にされても知らないわよ、と言う奏江の言葉にキョーコの顔から血の気が引く。

そこへ遠くの方から社の絶叫が聞こえてきた。



「れえええぇぇぇぇん!!しっかりしろおおおぉぉぉぉ!!いったい何があったんだよおおおぉぉぉぉ!!!!!」



その声の方へと慌てて走り出すキョーコ。

無事に蓮にネタばらし出来るのか?

というか、ばらした後に無事でいられるのか!?



・・・そのあたりは、皆様のご想像におまかせします。




END


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